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COLUMN

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TREE

ロビーチェアは50歳

ロビーチェアを取り巻く人々

私の好きなロビーチェア

1968年の誕生から、2018年で50年を迎える「ロビーチェア」。応接間やカフェ、待合室、さまざまな場で活躍してきた陰には、作り手から売り手、使い手へと手渡されてきた無数の物語がある。お気に入りの「ロビーチェア」に座ってもらい、その物語に耳を傾けた。

何の変哲もない
デッサンから始まった

私が入社したのは1967年の11月。その翌年、カリモクに出入りしていたオリエンタル中村百貨店(現・名古屋三越)のデザイナーが、総張り椅子のスケッチをいくつか持ってきました。それまでカリモクが作っていたのは木肘椅子。でも、その少し前に試しに作った豪華な総張りがまあまあ好評で、今後は総張り商品にも力を入れようとなったんです。

スケッチを見ながら、試作の連中と一緒に「どれにする?」と相談して決めて。上司の奥山五男さんがスケッチから木枠図面を起こし、外側のデザインを私がやりました。「キルティングのダイヤの形が二人掛けなら一人掛けの倍、三人掛けなら3倍になるよう、生産効率を考えて設計しろ」と、奥山さんは難しいことばかり言うんです。私はカリモクに入る前はデザイン事務所でグラフィックデザインをやっていましたから、家具の設計については素人。見よう見まねで、試作の連中に「あと2cm 広げますか」とか話し合いながら、苦労して作りました。

最初の色は、黒とアンティーク風のこげ茶、それに耐摩耗試験にクリアしたグリーンのモケット生地。見本を置いて「どれがいい?」「これでいこう」と簡単なものですよ。最初はノックダウン式でしたが、張りぐるみだとうまくはまらないこともあって、昭和40年代後半から組みつけに変わりました。

20年ほど新商品の開発に携わってきましたが、カリモクの総張りの原点がこれ。でもスケッチを見たときは「これデザイナーが描いたもの?」というぐらいなんの変哲もなかった。長く売れる商品ってそうなんですよ。個性があるものは記憶には残るけど、すぐに売れなくなる。シンプルで飾り気はないけれど、全体のバランスがよかったんでしょう、だから長いことコンスタントに売れる商品になったんだと思います。

     
業務用ゆえの
ロングライフデザイン

D&DEPARTMENT TOKYOを開いたのが2000年。準備中に、リサイクル店で「Kチェア」をみつけたのがカリモクとの最初の出会いです。当初カフェには「Kチェア」を置きましたが、その後、カタログで「ロビーチェア」を発見して。建物の2階も借りてカフェを拡大するときに、いまの倍ぐらいのいろんな色の「ロビーチェア」を買い集め、広い空間にだーっと並べました。

最初から描いている夢の1つにホテルがあって、ホテルの1階にあるようなカフェをイメージしていたんです。だからよりイメージに近い、ゆったり座れる「ロビーチェア」でカフェの椅子を統一することにしました。60年代から続くロングライフデザインを集めた「60VISION」を2002年に起ち上げた際、この椅子を「ロビーチェア」と名づけたのもそれが由来です。

「ソファを描いて」と言われたら、きっとこの形を描くだろうなと思うような定番の形。そんな形が作り続けられてきたのは業務用だったから。昔は一般向けと業務用がもっとはっきり分かれていました。一般向けは、新しいものを買う楽しさが優先されるから、流行に大きく左右される。一方、業務用は同じものに買い換えてもらう前提だから、簡単にモデルチェンジできない。同じ形を改良しながら長く使ってもらうという発想が、結果的に ロングライフデザインにつながったと思います。

2000年代には新しいものを追いかけず、定番をずっと使い続けることはある意味ロックでした。でも、時代は完全にロングライフ重視になった。そうなったいま、この椅子がどう生き延びていくのか。廃番になりかけていたのが「60」のキーワードで生き残り、新たな節目を迎えています。形は変えられないし、座り心地は改良し尽くしたなか、これからどう提案していくか。それは大きな課題であり、おもしろいテーマだと思っています。

シンプルだから
ごまかしがきかない

もともと工業高校出身で家具とは無縁だったのですが、もの作りに興味があって2005年に入社しました。以来、張り工程を担当しています。「ロビーチェア」を作るようになったのは2、3年前から。カリモクのなかでも人の目にふれやすい商品なので、この椅子でお客様にいい印象を与えることができれば、ほかの商品にも興味をもってもらえる可能性があります。逆に悪い印象だと、ほかの商品に広がらないから、責任重大です。

「ロビーチェア」の張り工程には、木枠にウレタン接着し、革や布を被せていく前工程と、ボタンを刺して縛り、背を留め、アームを取りつけ、底張りをしてチェックするまでの後工程があります。主に前工程は後輩が、後工程は僕がやっています。最後を引き受けるということは、それまでの工程がきちんとできているかも確認しなければいけないということ。ミスを見逃して張り地を被せてしまったら、それも僕の責任です。みんなから受け取ったバトンを完成までもっていく役目なので、そこがおもしろくもあり、プレッシャーでもありますね。

「ロビーチェア」ならではの難しさは、ほかの品番にくらべて造りがシンプルなところ。それだけにミスしたときにごまかしがきかないんです。ちょっとした力の入れ具合で、ボタンの沈み方が違ったり、しわが寄ってしまう。製造中のモケットグリーンは汚れがつきやすいですし、ブラックは傷がつきやすい。シンプルなだけにミスが目立つので、細心の注意を払っています。

個人的には、背の高い僕でもゆったり座れて、手ざわりもいいモケットグリーンの3シーターが気に入ってます。街中で実際に使われている場面に遭遇すると、「おおっ」と思います。使われているお店の雰囲気はまちまちで、それぞれ個性に合った使い方をしてもらっているのを見るとうれしいですね。

     
シーンを限定しない
普遍的なデザイン

2002年にカリモク60が誕生し、その数年後から取り扱いを始めてもう13、14年になります。前職は化粧品メーカーの営業をやっていたのですが、30代になって自分で何か始めたいと思い、1998年に地元の福島県郡山市で「VANILLA(バニラ)」というインテリアのセレクトアショップを始めました。東日本大震災を機を機にここ栃木県宇都宮市にも出店し、いまに至っています。

うちでずっと人気がある“ 三種の神器” は、イームズのシェルチェアとボビーワゴン、そしてカリモク60。じつはブランド化される前から、カリモクさんのカタログに「Kチェア」や「ロビーチェア」がひっそり載っているのは知っていました。以前から、超機能的でタフな業務用テイストが好きで。扱ってみて実感したのは、ミッドセンチュリーや北欧テイスト、和モダンと、どんなインテリアにも合わせられるという強み。そのうえ品質と価格のコストパフォーマンスにも優れていて、アフターも含めクレームが本当に少ない。これほど多くのお客様を幸せにしている商品は、なかなかないんじゃないでしょうか。

コンパクトな「Kチェア」ができのいい弟なら、包容力のある「ロビーチェア」はどっしり構えるお兄さん的存在。「Kチェア」から入って「ロビーチェア」にステップアップする人がいると「やった!」と思います。いちばん人気は3シーターのモケットグリーン。家族で選ぶとこの色と素材に落ち着きやすいんです。でも僕の好みは断然、1シーターのブラック。最近「Daddy's chair」という言葉を思いついて。子どもが育ち、そろそろ自分専用のかっこいいソファがほしい。そんなおやじの贅沢を叶える椅子として、この一人掛けはぴったりじゃないかと。どんなシーンにも合う普遍性を備えているから、想像もふくらむ。だからこそ長く売り続けられるんだと思います。

   
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Text:
Yuko Shibukawa
Photo:
Shintaro Yamanaka