ブランディングに必要なこと 加藤 カリモクさんに、カリモク60カリモク60というブランドを起ち上げたあとに、今度は60VISION(ロクマルビジョン)というお話をいただきましたね。 ナガオカ カリモク60を始めた頃から、僕のなかでは60VISIONのコンセプトがあったんです。ブランドを守るとは言っても、「コンセプトはわかるけど、売れなかったから廃番ね」という話に絶対なると思っていましたから。そうならないように、カリモクさん1社じゃなくてもっと仲間を作って連合艦隊にして、みんなで原点商品を大切にするというムーブメントを起こさないといけないと思ってました。だから、60VISIONがあってカリモク60があるんじゃなくて、まずカリモク60が最初にあるんです。 加藤 我々としては当初、自分達が昔から続けている商品を作って売るブランドと考えていたら、ロングライフデザインという切り口で、複数のメーカーを60VISIONというコンセプトでまとめるという壮大な話を伺って、さらに直営店を持つ話や、「カリモク60+」や「カリモク60+(ロクマルプラス)カリモク」を作るという話も出てきて、ついていくのが大変なんですが(笑)。 ナガオカ それはすべて、ブランディングの一環なんです。ちょうどカリモク60を立ち上げた2002年って、日本中の本屋さんにブランディングの本が並んでいた頃なんですよ。老舗メーカーの2代目や3代目が大量生産のために作った大きな工場を、3代目、4代目が継がなければいけない時期と重なっていた。でも、経済が「大量生産」から「多品種少量生産」の時代へ様変わりして、これまでのやり方は通用しない。そこでどう魅力的に会社を引き継いでいくかとなって、ブランディングが注目されたんですね。僕はデザイナーとしてブランディングの相談を受ける側でもあったので、カリモク60を一つのブランディングとしてはめてみようと思いました。 加藤 そういえば、当時、ブランディングの本が大量に出ていましたね。 ナガオカ そうなんです。ブランドを支持する人たちにとって、一番大事なのは自分たちと同じ感覚を持っているかどうかです。この人たちは僕らと話が合うはずだというのを何かで察知して、そのブランドに寄っていくわけだから、こっちからもそういう気配を見せないといけない。そのときにショップがないと、ファンは世界観を共有できないですよね。だから、是が非でもショップを作ってほしかったんです。
加藤 直営店の話を最初にいただいたときは、うちの会社としては、小売りをしない方針だと明快に言い切った記憶があります。でも何年か経って、直営店を持つのも一つの選択肢だと思うようになったところへ、豊洲の店舗物件をナガオカさんから紹介していただきました。おっかなびっくりながらもやってみたら、それなりに売れまして(笑)。直営店をやってよかったのは、すべてのアイテムが売りこなせるものなのかどうかを言い訳できない環境で自分たちが直視できること。取扱店さんに提案する際にも自分たちで売っていると、断然説得力がありますよね。 ナガオカ 直営店を作ることになって、ギュッといろんなものを開発できたことも大きいですよね。お店を出すからには、椅子が2種類とかじゃ売り場にならない。アイテムが揃っていて、カリモク60で生活を構成できないとダメなんです。最初は「Kチェア」が目的でも、結婚したらテーブルを足して、子どもが産まれたらもう1脚足してと、どんどん世界が広がっていかないと。 加藤 食器棚が好評だったのも意外でした。我々が得意なのは脚物と呼ばれるソファやダイニングセットで、ボード類はどちらかというと苦手でしたから。ナガオカさんたちと一緒に、カリモク60に合わせて使うための家具「カリモク60+」を開発したことで発見がいろいろあったのは事実です。 ナガオカ 原点を復刻しながら新しい商品作るっていうのが、本来のブランドであるべき姿だと僕は思っているんです。時代が変われば、当然ながら若い人のライフスタイルも変わる。60年代の椅子にいくら合うといっても、大きなテーブルではワンルームには入らないですよね。でも、ブランドとして作ろうとなると、1点1点をちゃんとつなげなければいけないからむずかしいんです。そのなかでも、60年代に生まれた「Dチェア」に合わせて使えるように新しく作った「Dテーブル」は、美しくつながった例だと思います。カリモクの高峯千佳さんという若いデザイナーさんが手がけたのですが、その後「Dテーブル」に合わせた「アームレスダイニングチェアII」という素晴らしい椅子も開発されました。僕たちが渋谷のヒカリエで運営しているd47食堂でも使っていますが、その椅子が生まれたのも「Dチェア」があったからこそだと思います。
ユーザーや社員の思いを持続させる 加藤 この機会に伺ってみたいんですが、ナガオカさんは我々に対して本音ではどう思っていますか? ナガオカ ふだん僕はいろんなメーカーの方とお付き合いしていますが、カリモクさんのすごいところは、桁違いにユーザーとの関係性に関しての関心が高い。そうじゃないとファンができるブランドって作れないんだろうなと思います。 加藤 言われてみれば、ユーザーさんと接点を持つ機会が昔から多い気がします。早い時期からショールームを設けたり、営業部員が土日に得意先の販売店店頭に立って商品の説明をしたりしていますし。あと、これは先代からの風習ですが、アフターフォローも熱心にやっている会社です。そういう風土が社内に根づいているから、新しく入った社員たちにも「こういうふうに仕事をするんだ」って理解されて受け継がれている部分があると思います。 ナガオカ 新しく入ってきたスタッフたちに対して、カリモクへの思いをどこで感じさせ続けるかも大切だと思うんです。カリモク60が成功したら、一番効果があるのはリクルーティングだと思っていました。実際にカリモクに入りたいという若い人が増えて、入社後に配属された工場がデザインを感じさせにくい環境だと、なかなか思いを持続させるのはむずかしいと思うんです。たとえばフェラーリの工場では植木がガンガン置いてあったり、フィンランドの食器メーカーのアラビアでは絵画がバンバンかかっていたりするんですね。そういうふうに、この会社はこういう覚悟を持ってもの作りをしているんだなという姿勢をもうちょっと打ち出していってほしいですね。
加藤 なるほど。前々から提案されている工場の横にカフェを作るというのも、そのためなんですね。 ナガオカ はい、工場の横にカフェがあったら、カリモクに足を運ぶ関係者や街の人たちが、まず「カリモクっておもしろいね」と思ってくれますよね。その空気を工場で働いている人が吸って、「俺たちの会社はおもしろいかもしれない」って活気が生まれると思うんです。なんて言っていたら、いま本当にカフェを計画中だそうで、本当にやるからカリモクさんはすごい。 加藤 いや、でも一番大きいのはこのカリモク60事業が成功できているってことです。カリモク60ってブランドを始めて3、4年経った頃から、ナガオカさんが来ると工場の企画の人たちの食いつきが違うんですよ。会社全体としてこれをやっていきましょうという流れができたのは大きいと思います。ほかに今後、こうしたらと思うことはありますか? ナガオカ これからは、デザインはいじらずに張地を本革にするとか、よりグレードの高い商品を展開したほうがいいですよね。それがいま考えている、カリモクのなかのカリモクという意味の「カリモク60+カリモク」です。それから、同じマーケットに参入しようとする人が増えているので、パイオニアとしてよりブランドを濃くするための新しいツールが必要でしょうね。それがさきほどの工場の横のカフェだったり、今回の記事を掲載している本書だったりなのですが。逆に加藤さんはどんなことをやってみたいですか?
加藤 将来的には古いマンションを再生してみたいですね。90年代以降に建てた建物って、耐震設計もしっかりしているし、ちゃんと手入れをすればまだまだ使えると思うんです。そういう建物を利用して、家具をキーワードにもうちょっと空間全体、ライフスタイル全体を表現してみたいなと。そこから発展してホテルとか、旅館も考えられるかもしれませんが、ちょっとまだハードルが高いので。 ナガオカ えっ、リノベーションに興味があったなんて初耳です。早く言ってよって感じです(笑)。 加藤 いやいや、まだ絵空事なので。でも考えてみれば僕がカリモクに入社した頃は、洋服やアクセサリーを買う感覚で、セレクトショップで家具を選ぶというマーケット構造はまったく考えられなかったですよね。それがいまや両方ある社会にすっかり変化しています。量販店にも商品を提供する一方で、セレクトショップスタイルでカリモク60を一緒にやらせていただく。そんななかで、新しいことをやってみようという気にさせていただいたことに非常に感謝しています。
木のはなし 広葉樹の森から考える、昔と今の「よい木」 江戸時代から続く材木屋で、木工所としてスタートしたカリモクには、よい材料を使ってよいものを作るという‥‥ 井口明親Akichika Iguchi 刈谷木材工業OB
木のはなし 森を考えることから始める 大手家具メーカーとしては珍しく、資材専門の会社を持つカリモク。その背景には、木を伐り出すところから、家具作りのすべてに目を配りたいという創業からの思いが‥‥ 執行修Osamu Shigyou 知多カリモク株式会社 常務取締役