苦労してでもなんとか質と量が確保できていた時代から、入手すら困難な時代へ。資源が減少したここ20年では、広葉樹の伐採に対する考え自体が変化した。以前は、商用のために利用価値の高い木を切っていたのが、現在では森林整備の一環として木を切る方向に転換したのである。要は日陰をつくってしまうものや、枯れていたり腐っていたりするものなど、森を育てるのに支障がある木だけが伐採されるようになり、その結果によってのみ、丸太が市場に出回るようになったのだ。
戦後、針葉樹の植林が奨励され、いまでは人工林の大部分が針葉樹林になっていますが、広葉樹を植林して増やすことはできないのでしょうか。
育てることも難しいとなると、以前のように、良質な木材だけを選んで家具を作るということが、実際には不可能になっているということでしょうか。
具体的にはどんなことにチャレンジしているのでしょうか?
お伺いしていると、資源が豊富だった頃の「良質な木」の定義を考え直さないといけない時期に来ているんだなと感じます。
取材を通じて、実感したのは森林資源を取り巻く実状の厳しさだった。だが、不思議と悲観的な気持ちにはならなかった。それは、資源が枯渇したことでかえって、もの作りを自然なサイクルに戻すことができたのではないかと思ったからだ。まっすぐで太く節もなく、扱いやすくて、目がきれいに通ったもの。そんな木を求めるのは結局、人間の都合でしかない。長い時間のなかで育まれた木そのものの姿に人が寄り添い、いかに長く、愛着を込めて使えるものを作るか知恵を絞る。そうすれば、その間にまた新たな木は育つ。いかに自然と共存しながら、ものを作るか。高度消費社会の先にある、もの作りの未来像を垣間見た思いがした。